古代から香りは、神に捧げるものとして使用されていました。だんだんと、美容や医療に植物が利用されていきました。

古代エジプト

古代エジプトでは、香りは神聖なものとして取り扱われ神にささげるなど、宗教儀式に香料が使用されていました。香りは、乳香(フランキンセンス)や没薬(ミルラ)が使用されていました。乳香や没薬は薫香(くんこう)として神殿で焚かれていました。perfume とは、香水や香料という意味で、ラテン語の per(通して) fumum(煙)が由来となり「煙を通して」という意味があります。
乳香や没薬は、エジプトでは産出されず、他から交易して得られる貴重なものでした。古代エジプトのミイラには、殺菌や防腐を目的として没薬やシナモンなど、植物や香料が利用されていました。

古代ギリシャ

古代ギリシャでは医学が誕生し、植物や香りが、治療として用いられていたといわれています。

ヒポクラテス

ヒポクラテスは、ギリシャの医学者で、「医学の父」と呼ばれていています。ヒポクラテスは、呪術的な手法から医療を切り離し、病気を自然現象としてとらえ、自然治癒力が重視されました。治療薬には、香料や植物が用いられていました。
古代ギリシャの医学者たちがまとめた「ピポクラテス全集」には、ヒポクラテスを含む様々な学派の論文が記載されています。

テオフラストス

テオフラストスは、ギリシャの哲学者、植物学者であり「植物学の祖」と呼ばれています。アリストテレスの弟子であり、植物の幅広い研究を行いました。植物の特徴を捉え、それらを分類したものが「植物誌」に記載されています。
「植物誌」には、香料植物について書かれており、医療や美容への使い方も記載されています。当時は、香りのある植物をすりつぶしたり、油やワインにつけこんで、香りを移して使用されていました。

古代ローマ

古代ギリシャの医学や薬学は、古代ローマに継承されました。
古代ローマでは、テルマエと呼ばれる公衆浴場が建設されました。代表的なものに「カラカラ浴場」があります。様々な施設があり、市民の憩いの場となっていました。
ここでは、香油を利用して、垢すりやマッサージが行われていました。特に「バラ」は人気がありよく利用されていたそうです。

ディオスコリデス

ギリシャ人医学者のディオスコリデスは、軍医として各地へ行きました。そこで得た知識は「薬物誌(マテリア・メディカ)」にまとめられました。
薬物誌には、植物、鉱物、動物などの薬物としての利用方法などが幅広く記載されています。薬物誌は写本されながら、数千年もの間幅広く利用されていました。最も古いものに「ウィーン写本」があります。

プリニウス

博物学者、政治家、軍人。プリウスは、「博物誌」に自然や植物や鉱物などの関する様々な知識を記しています。自身の見解だけではなく、他者の様々な見解を記した著書として知られています。

ガレノス

ギリシャ人の医学者であるガレノスは、「医学の父」と呼ばれたピポクラテスの医学を基本とし、体系的な学問としてまとめました。ガレノスの医学は、西洋ではルネサンスまで、医学の権威として君臨しました。
自然素材や植物を用いた「ガレノス製剤」と呼ばれている製剤として「コールドクリーム」が知られていますが、これもガレノスが考案したといわれています。

古代中国

東洋でも西洋のように医学が発展し、書物がまとめられました。
西洋の「薬物誌(マテリア・メディカ)」と並び、東洋では漢の時代に「新農本草経」と呼ばれる薬草学書がまとめれらました。新農とは、中国の伝説の神で漢の時代に崇められていました。500年に南朝の陶弘景によって、再編成された「新農本草経集注」が今日に伝えられています。明の時代は、李時珍の「本草綱目」が書かれました。これは52巻にもなる大作でした。
中国では、本草学は中医学に発展していきました。

古代インド

アーユルヴェーダは、3000年以上前に誕生しました。インドやスリランカなどで現在も行われている伝統医療です。アーユルヴェーダはAyus(生命)veda(知識)の造語で、病気だけではなく、宇宙観や自然観を含む広い意味での哲学で、食事指導た生活指導なとも含まれます。

まとめ

古代の時代から、香りは医療や美容に利用されてきました。フランキンセンスやミルラは現在でも精油で使用されています。
おおまかでも歴史の流れをつかんでおくと、アロマを使うときに楽しみが増すかもしれませんね♪

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